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【講演レポート】DXグランプリ企業「中外製薬」のデジタル人財育成と風土改革とは

デジタル技術によってビジネスを革新し、社会を変えるヘルスケアソリューションを提供する中外製薬。同社はその取り組みへの評価からDXグランプリ企業2022(2023年度はDXプラチナ企業)に選出されている。2023年5月、日本最大のビジネススクール※であるグロービス経営大学院を運営するグロービスが同社を招いて講演を実施した。講演では、DX推進の核であるデジタル人財育成と風土改革について、施策の責任者である中外製薬株式会社 デジタル戦略推進部の関沢太郎氏が解説。その後、動画学習サービス「GLOBIS 学び放題」を事業展開するグロービスの事業責任者・鳥潟幸志氏との対談が行われた。

※本稿は、日本の人事部の記事(https://jinjibu.jp/article/detl/tieup/3184/)を再掲載するものです。

関沢 太郎氏(中外製薬株式会社 デジタル戦略推進部 企画グループ グループマネジャー)
鳥潟 幸志(株式会社グロービス グロービス・デジタル・プラットフォーム マネジング・ディレクター)

1.オープニング

鳥潟 幸志氏(株式会社グロービス グロービス・デジタル・プラットフォーム マネジング・ディレクター)

講演の冒頭で、鳥潟氏はまずグロービスの事業を説明。グロービスは日本最大のビジネススクール※であるグロービス経営大学院を運営している組織だ。社会人教育やMBA、研修など人材育成に特化したサービスを幅広く提供している。

中外製薬も利用している「GLOBIS学び放題」は、ビジネス領域からITやデザインなど2,200コースを受講できる定額制動画学習サービスだ。MBAのコンテンツを軸としながら、DX系を含む最新のビジネスナレッジを毎月約70〜100コース追加している。現在では3,300社を超える企業に導入されている。

2.講演~トップイノベーター実現に向けた中外製薬のデジタル人財育成・風土改革への取り組み~

関沢 太郎氏(中外製薬株式会社 デジタル戦略推進部 企画グループ グループマネジャー)

DX推進には「DXの全社ごと化」が最重要

続いて、関沢氏が中外製薬で推し進めるデジタル人財育成や風土改革について紹介した。中外製薬はがんやバイオ医薬品に強みを持つ研究開発製薬企業で、抗体エンジニアリング技術をはじめ、中分子技術の確立など、高い創薬力が世界的に評価されている。2021年には成長戦略「TOP I 2030」を策定。「R&Dアウトプット倍増」「自社グローバル品の毎年上市」という目標を掲げており、その実現のためのキードライバーの一つとしてDXを明記している。

DX戦略である「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」では、「デジタル技術によって中外製薬のビジネスを革新し、社会を変えるヘルスケアソリューションを提供するトップイノベーターになる」という指針を定めている。その達成に向けて「デジタル基盤の強化」「全てのバリューチェーン効率化」「デジタルを活用した革新的な新薬創出」の三つの基本戦略を設定している。

関沢氏は、DX推進にあたって最も重要なことは「DXの“全社ごと”化」であると強調する。

「まずはトップがリーダーシップを持ってDX推進の方針を示し、それを明確化したビジョンと戦略を策定します。次に、推進体制を確立させて、人財強化と組織風土改革に取り組んでいく。そしてフラッグシップとなるようなプロジェクトを進めながら、その実績を積極的に社外発信する。このサイクルをまわすことで、DXというゴールに対して全社員のベクトルが合ってくると考えています。社内のDXの動きが進めば、次のフェーズであるDXの外部化や社会課題解決への貢献にもつながっていくはずです」

DXを全社ごと化するための推進体制としては、まずトップマネジメントによるDX実現への明確なビジョンとコミットがある。そして全社のDXに関する意思決定会議体としてデジタル戦略委員会を設置。全部門のトップが参画し、デジタル・ITに関する戦略や投資判断などの審議や議論を行っている。旗振り役の部署としては、関沢氏が所属しているデジタルトランスフォーメーションユニットを組織。その傘下に、デジタル戦略推進部とITソリューション部があり、各部門に対して横串で活動する「DXリーダー」や「ITコントローラー」という役割を置いている。

「DXを進めていく上で特に重要なことは風土改革と人財育成です。片方ずつではなく、二つを両輪で進めていることがポイントです。全社として目指すレベルを設定し、具体的なトレーニングや施策を展開しています」

全社員対象の基礎コースから専門スキル習得まで豊富なプログラムを整備

ここからは、本題である中外製薬におけるデジタル人財強化と風土改革の具体的な取り組みについて説明。まずは、デジタル人財強化について解説した。

中外製薬においてこれから求められる人財は、ビジネス一辺倒・デジタル一辺倒ではなく、「デジタルのセンスを持ったビジネスの専門家」「ビジネスのセンスを持ったデジタル専門家」というハイブリッドの視点を持った人財であると関沢氏は語る。

人財の強化にあたり、まず関沢氏らが取り組んだのは、ビジョンを実現するためにどのような人財が必要なのかを明確にすることだ。

「中外製薬に必要な人財を複数定義したうえで、優先的に育てる人財を決めていきました。その上で、そのような人財が『今社内に何人、どのくらいのレベルでいるのか』を把握するために全社の調査を実施。ビジョン実現に向けてどの人財がどのくらい足りていないのかを確認しながら充足方針を決めていきました」

人財育成にあたって取り組んだ施策のひとつが、Chugai Digital Academy(CDA)の設立だ。CDAでは、レイヤーに合わせた適切な学習プログラムを開発・展開している。基礎編となるのが、デジタルリテラシー向上のためのeラーニングパッケージである「CDA Essential」だ。

「デジタル・IT基礎として、『学びたい人が誰でも学べる』をコンセプトに、会社が推奨したいコンテンツを提供しています。何から学んだら良いのかわからない社員向けのガイド的な意味合いがあり、全社員を対象にしています。当社が独自で作ったコンテンツと『GLOBIS 学び放題』のコンテンツなどを組み合わせながら展開しています」

また、応用・実践編として、DX推進のコアとなるデジタルプロジェクトリーダーとデータサイエンティストの育成プログラムを開発している。この2職種は、優先度高く特に力を入れて育成を進めている領域でもある。

「一足飛びにエキスパート人財になることは難しいので、まずは上位者の指示に基づいて業務を行ったり、自部門の中でデジタル化を推進したりするなど、アシスタントレベルやJrエキスパートレベルへの引き上げを図っています。プログラムはトータル9ヵ月ほどで、職種共通のスキルセットを学んだ後に種別の専門スキルを体得し、最後は実践の場としてデジタルプロジェクトに取り組んでもらっています」

さらに、デジタルプロジェクトを進めていくにあたり「デジタル案件の善し悪しの判断が難しい」「部下のサポートに自信が持てない」という声が挙がっていたことを受けて、部長・マネジャー向けのプログラムも用意。デジタルプロジェクトの全体像やマネジメントの役割、ソリューションのレビュー観点など、インプットセッションとケーススタディーをもとにした学習のコンテンツを提供している。同社のマネジャー層のうち約半分が受講している。

変革意識醸成に寄与する“アイデア実現インフラ”

続いて、風土改革について説明。施策の一例がDigital Innovation Lab(DIL)の取り組みだ。「アイデア創出から本番展開の意思決定まで」のアイデアを形にするプロセスを包括的に支援するもので、全社員が上司の許可不要で応募でき、デジタルツールを使ってそれぞれの課題にアプローチしていけるものだという。アイデア創出の手助けをするデザインシンキングのほか、アイデア具現化ワークショップを実施し、企画書の作成をサポートとすると共に、PoC(概念実証)費用も拠出。成功・失敗事例の共有会の実施に加え、特に顕著な成果が出たものは表彰もしている。

2020年6月にスタートしたDILは、これまで450件以上の応募が寄せられ、約60件がPoCを実施。そのうち20件が本番開発に移行している。

「参加者に変革意識は向上できたかというアンケートを取ると、約9割が『向上した』と回答しました。DILは社内のアイデア実現インフラとして定着しつつあります」

また、DXへの興味・関心を喚起し学びを継続してもらうという狙いから、デジタルポイントアプリを制作。「GLOBIS 学び放題」を始めとするデジタル学習コンテンツの履修やデジタル関連イベント参加などによってポイントを付与。5段階でランク分けされ、ランクが上がった場合は記念品を贈呈するなどのインセンティブも提供している。

社内表彰制度として、CHUGAI DIGITAL AWARDでDXに関する取り組みで顕著な成果を上げた社員を年1回表彰。認定制度としてCDAのコース修了者にはオープンバッジを贈呈している。

関沢氏は、社外発信も社内のデジタル変革加速には欠かせない要素だと語る。

「社外発信によってデジタル系の専門人財やパートナー企業に取り組みを知ってもらえるのはもちろんのこと。社内の取り組みを社外の方が記事にしてくれてそれを社員が見ることで、『うちの会社はすごいな』『自分も何かやらなければ』という社員のマインド変革にもつながると考えています」

3.対談

続いて、関沢氏と鳥潟氏による対談が行われた。

鳥潟:まず人財育成に関してうかがいます。DXを推進しようとすると、一部の社員をピックアップして徹底的に教育して「その人にリードしてもらえばいい」という考え方、ないしは「外部専門家を連れて来れば良い」という考え方になりがちです。なぜ全社員の学びも含めて“全社ごと化”が重要だと考えたのでしょうか。

関沢:一部の人だけが取り組むと、その他の人は「自分には関係ない」と考えるようになるので、全社としての熱量が上がりません。全社ごと化することでベクトルを合わせてベースを底上げし、全社としてDX、すなわち会社の変革につなげていきたいという思いがありました。

鳥潟:実際に全社ごと化としてメッセージ発信や教育をしたことにより、社員の皆さんの受けとめ方が変わってきたという印象はありますか。

関沢:もちろん最初から全員が「よし、DXだ!」と熱量が高いわけではありませんでした。各部門でのこれまでの取り組みが大事であることは当然です。そこに「DXという良さが加わればさらに効率的に新しい価値を付加できる」と伝えるようにしていました。

ただ、それでもなかなかイメージがわかずに進まない部分もありました。そこで、ある部門と協働して予算を確保し、フラッグシップになるプロジェクトを推進。すると「DXを進めるとこんなことができるんだ」と興味をもってもらえたり実感してもらえたりするようになり、徐々に全社ごと化が進んでいきました。

鳥潟:続いて、風土改革についてお聞きします。「これまでのやり方を変えたくない」という抵抗勢力がいることも多いですが、風土改革の取り組みはどのような難しさがありましたか。またそれをどのように乗り越えましたか。

関沢:「DXやるぞ!」と言っても初めから全員が盛り上がってやってくれるわけではないので、まずはさまざまなレイヤーへのアプローチを行いました。それも一つのソリューション、一つの手立てではなく、さまざまな方面からの施策を同時並行でやっていきました。まさにDXのシャワーを浴びていくような形ですね。

例えば、デジタルに関する投資判断や意思決定をするデジタル戦略委員会では、月1回全部門のトップが集まって会議を行っています。2019年頃から実施しているので、かれこれ40回以上、毎月3時間、デジタルの話題を部門長が議論していることになります。これにより部門長にタイムリーに全社のデジタルの取り組みを知ってもらうと同時に、部門ごとにDXでやりたいことや連携したいことなども話してもらえるようになっています。

鳥潟:デジタル戦略委員会は誰が仕切って、どのような議論をしているのですか。多忙な部門長を全員月1回集めるのも大変そうです。

関沢:議長はデジタルトランスフォーメーションのユニット長の志済が務めています。毎年年末ごろには翌年の全部門長の日程を全部押さえています。DX関連施策の予算投下について意見交換や意思決定したり、直近ではGenerative AI(生成AI)をどのように活用していくかについての議論も行ったりしています。

鳥潟:人財育成は効果を証明するのが難しいとよく言われますが、どのようにされていますか。

関沢:おっしゃる通り非常に難しいところです。一つは、デジタル人財育成のプログラムを何人卒業したか、という指標です。また、現状を知る際にも使っていたデジタルスキルサーベイを毎年行っていて、デジタル人財がどの部署に何人、どのレベルでいるのかが確認できるようにしているので、どのくらいレベルが変化したかも把握しています。また、新しいプロジェクトが何個ぐらい立ち上がっているのか、どのくらいの成果が上がっているのかも総合的に見て判断しています。

鳥潟:DX人財育成を始めたいと思っていらっしゃる方に向けて、一歩目としておすすめしたいことと、逆におすすめしないことについて教えてください。

関沢:自分たちのゴールを実現するために必要となる人財を明確にすることだと思います。そうしないと何から始めれば良いのか、どのレベルでやれば良いのかわからず、ただコンテンツだけ与えてしまうだけになってしまうからです。また、社員に対して期待していることを明確に伝えることも大事だと思います。社員は「デジタルに関することを学んで」と言われたけれど、学んだあと最終的に自分はどうしたら良いのか、不安に感じてしまう可能性もあります。その後のキャリアパスなどを含めて、上司などときちんとコミュニケーションを取るようにする。これはデジタル人財に限ったことではありませんが、あらゆる施策の根本だと思います。

4.クロージング

最後に、鳥潟氏がDX人財育成のポイントについてまとめた。鳥潟氏は、DX人財育成には四つの分類があると語る。横軸の右側が一般従業員(全社員)、左側がDXを推進する専門人財、縦軸の上側が知識・スキルで、下側が実践力としている。

「まずは左下の専門人材の育成に着手しようと思いがちですが、中外製薬を含めてうまくいっている企業は右上から取り組んでいます。一般社員やサポート人材も含めて、DXがなぜ必要なのか、クラウドやAI、ChatGPTといったキーワードのレベルをきちんと理解する状態を作ることが重要です。つまりは“全社ごと化”ということですね。ここをまず強化しなければ、笛吹けども踊らず状態になってしまいがちです」

経済産業省が2022年末に公表した「デジタルリテラシー標準」には、全てのビジネスパーソンが身につけるべき能力・スキルを定義した「DXリテラシー標準」と、DXを推進する人材類型の役割や習得すべきスキルを定義した「DXスキル標準」がある。

「人材育成に向けて必要な人材の定義や育成内容で迷っている場合は、大変参考になると思います。『GLOBIS 学び放題』でも、デジタルリテラシー標準に準拠したコンテンツを用意しています。こちらも参考にしながら、各企業に合った育成プランの計画を立ててください」

※国内MBA生データは文部科学省「専門職大学院制度の概要(令和2年2月)」を参照