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LINEヤフーの取り組みから考える
社員とプロダクト双方が持続的に成長する「人材開発」とは

企業が中長期的に成長力を向上させ持続させていくためには、社員一人ひとりがそれぞれの能力を最大限に発揮し、より自律的・主体的に活躍しながら成長するための学びの環境づくりが欠かせない。人事は、社員に対して具体的にどのようなサポートを行い機能させていけばよいのだろうか。LINEヤフーでプロダクト主導の成長戦略を推進する考えのもと、人材開発・カルチャー醸成に取り組んでいる中村氏が、同社の育成に対する考え方や事例、社員の反応などを紹介。グロービス学び放題の事業リーダーであり、国内外におけるさまざまな企業の人材育成の設計・支援の経験を持つグロービスの鳥潟氏がその詳細を聞いた。

※本稿は日本の人事部の記事(https://jinjibu.jp/hr-conference/report/r202411/report.php?sid=3938)を再掲するもので、内容は2024年12月12日掲載当時のものです

 


プロフィール

中村 有沙氏(LINEヤフー株式会社 人事総務統括本部 ピープル&カルチャーデベロップメント本部 本部長)

(なかむら ありさ)2007年ヤフー株式会社(現LINEヤフー株式会社)に新卒入社。地域情報サービスの企画職の後に、2012年に人事へ異動。第二創業時にES調査や社内組織開発コンサル部隊構築等、組織開発に従事。PayPayの立ち上げ、コマース・メディア・決済金融事業等のHRBP責任者を経て、2023年10月より現職。

鳥潟 幸志氏(株式会社グロービス グロービス・デジタル・プラットフォーム マネジング・ディレクター)

(とりがた こうじ)サイバーエージェント、ビルコム株式会社を共同創業を経てグロービスに参画。コンサルタントとして国内外での研修設計支援を行う。その後「GLOBIS学び放題」を立ち上げ、現在は同事業およびEdtech推進部門のリーダーを務める。2024年4月に著書『AIが答えを出せない 問いの設定力』を出版。


一人ひとりの自律性だけでは成長は難しい

グロービスは、日本最大級の社会人向けの学校法人であるグロービス経営大学院の運営をはじめ、ヒト・組織領域における国内外の企業向けコンサルティングやEd-Tech領域におけるサービスを提供している。企業向けには、研修、スクール、アセスメントなど、幅広いソリューションを展開。ヒト・カネ・チエの経営に関する生態系をつくり出し、創造と変革を促すというビジョンを掲げ、多様なソリューションを通じてビジネスリーダーの育成・輩出を支援している。

また、経営書の出版やオウンドメディアを通して、ビジネスに役立つコンテンツ発信に注力。海外事業も拡大させており、中国・シンガポール・タイに法人を構え、2021年にはアメリカ、2022年にはEUに拠点を設立した。

同社の鳥潟氏が担う、デジタルプロダクト部門では、ビジネスからDX/IT・デザインまでさまざまなテーマを動画で学習する「グロービス学び放題」を運営。法人実績としては3800社以上、DX銘柄企業では94%が本サービスを導入している。

「私は3000社ほどの企業から人事に関する多様な悩みを聞いてきましたが、人材開発について昨今よく耳にするテーマが“自律的な学び”です。“自律的な学び”とは、自分自身で短期、中期、長期のあるべき姿をしっかりと定め、そこに対してギャップを埋めるために能力開発のゴールを決めること。そして、学んだことを現場で使い、振り返り、評価し、場合によっては新しいチャレンジに進むというサイクルを回していくことだと考えています」

しかし個人の自律性に任せると、「どう成長していいかわからない」「何から始めてよいのかわからない」「実践での生かし方がわからない」といった状況に陥りがちになり、持続性についても期待しづらい。人事からの何かしらのサポートが必要だと鳥潟氏は語った。

自律的、継続的な学びを促すLINEヤフーの支援策

LINEヤフーは、Zホールディングス、LINE、ヤフーを中心にグループ内再編を進めて2023年に合併し、新たに事業をスタートさせた。グループ会社は115社、連結の従業員数は約2万8000人を数える。

設立当初は、インターネット検索サービス、オークションサービス、インターネット広告事業などで成長を遂げてきたが、その後スマートフォン事業も展開。コミュニケーションアプリのLINE、EC事業、フィンテック事業などへと拡大を続けている。LINEのアクティブユーザー数は月間1.96億、Yahoo! JAPANのログインユーザー数は月間5560万に上る。

LINEヤフーは、グループ全体でメディアから通信までを網羅する多様な事業ポートフォリオを形成。各種アセットを活用しながら運営を進めている、と同社の中村氏は事業概要を語る。

「人材戦略としては、『人と事業をつなぎ、人材と組織のパフォーマンスを最大化する』を打ち出しています。また、人事の仕事は『プロダクトの成長と社員の成長をいかに両立させるか』だと捉えています。プロダクトの成長に合わせて社員に成果を還元し、社員が最大限に成長できる環境を支援していけばプロダクトの成長にもつながるという好循環を目指すのです。

『大人の学びは7割が現場・職場での経験だ』と言われていますが、仕事上での経験が最も大事だと考えています。“職場でさまざまな経験をする→それを振り返ってフィードバックする→次の挑戦やアサインにつなげる→新たな経験につながる”というサイクルが、成長につながると考えているからです」

このサイクルをうまく回していくために、半年に1回の目標評価制度によるフィードバック、多面フィードバックなどを実施。業務の振り返りや修正・調整を行い、次なる挑戦・アサインについても、上司と相談しながら考える。公募の異動制度も通年で実施しているという。

「上司と部下の間でのフィードバック、振り返りは非常に重要です。自律的な学びを促すために、“学びへの乾き”と言いますか、いかに学びたい気持ちを芽生えさせるかという点に注力しています。一人ひとりが『自らの成長課題は何なのか』を、日々のサイクルの中で自己認識できるようになることが、自律的な学びのスタート地点になると考えています」

研修は、「トランジション支援」「自律的な学び・リスクリング支援」「専門スキルの向上」に分けて体系立てているという。「トランジション支援」では、新卒、新人リーダー、中途入社者など、転機に生じがちな共通課題を支援している。「自律的な学び・リスクリング支援」では、生成AI・データ活用、ビジネススキル、語学など、いつでも社員が学べるラインアップを目指す。「専門スキルの向上」では、データ分析・AI・機械学習実践研修、データアナリスト講座、開発言語・社内技術研修、Techセミナーなど、より絞り込んだプログラムがそろう。

「当社が自律的な学びを求めるのには、当社独自の理由もあります。一つは、多様な事業ポートフォリオを持ち、変化し続ける事業環境に位置しているため。もう一つは、多様なプロダクトを支えるべく、エンジニア、企画、デザイナー、データアナリスト、営業などさまざまな職種の人材が活躍していくため。多様な社員たちが協調し、チームとして最も高いパフォーマンスを発揮できる働き方を推奨しているのです。

社員一人ひとりが、それぞれの成長のフェーズやタイミングに合わせて、各事業やプロダクトで必要となる知識や専門スキルを自律的に選択できる。そんな学びの機会を提供することを非常に重視しています」

学びの継続性に関して、中村氏は「トランジション支援」の詳細を取り上げた。例えば、新任部長のスタートアッププログラムは、半年間の間に4、5回の頻度で実施。日々のマネジメントも含めた振り返りを他者と共有することで他者からも学び、さらに振り返った内容を自分で言語化するプロセスを大事にしているという。「任せるとは」「フィードバックとは」「リーダーシップとは」と、テーマを細分化し、じっくりと話し合いながら、改めてマネジメントというテーマについて学び直し、学び合う時間を過ごす。一人で学ぶのではなく、一緒に学ぶとより意欲が高まり、理解も深まるのである。

「“グロービス学び放題”も導入していますが、1000名以上が手を挙げて活用している状況です。学びたいときにいつでもどこでも学べるうえ、仲間とその学びをシェアできる点を気に入っているという声が多いですね。実際に、『このプログラムがよかった』と社員間で紹介されて、新たな学びも呼び起こしています。個人の学びが横へと波及していく効果を実感しています」

今後の展望は三つあるという。LINEヤフーのカルチャー醸成、中長期的な人材ポートフォリオを見据えた採用から育成・配置の連携とリスキリング、各組織やプロダクトの組織課題や人材開発の課題に寄り添った支援。いずれも、プロダクトと社員の成長のサイクルを意識しながら、試行錯誤して取り組んでいきたいと中村氏は語った。

成長サイクルに欠かせない“上司”への支援

後半は、鳥潟氏と視聴者からの問いに中村氏が回答した。

鳥潟:プロダクトと社員の成長サイクルを回していくにあたって、工夫や意識している点などを教えてください。

中村:サイクルの中では振り返りとアサインが大事だと考えていますが、アサインは非常に難しい。上司の仕事ですから、上長力、上司力といったものが問われます。日頃からの上司・部下間のコミュニケーション、上司の判断によるところが大きいため、話し合いの仕方、観察の仕方、フィードバックの仕方など、上司へのサポートに注力してきました。

しっかりと部下を見て、成長課題を考え、課題に応じたアサインを与えるというスキルの向上は不可欠です。引き続き工夫していくことを意識しています。

鳥潟:私もいろいろな企業から悩みを伺っていますが、上司の力はやはり肝になると思います。具体的にはどんなサポートをされていますか。

中村:サーベイを実施して、マネジメント層の抱えている課題を聞いたところ、上位に「部下育成」が挙がりました。育成に対して強い気持ちを持っているわけですが、日常的な忙しさは否めません。それを踏まえると、上司のタイムマネジメントや部下への権限委譲の支援のニーズがみえてきました。

また、「コミュニケーションは頻度」という言葉もあるように、いかに部下と関わる時間をつくるかは大事です。部長研修を終えて、「時間はありませんが、あらためて部下と話そうと思いました」と話していた人もいました。とても重要なポイントだと思っています。

鳥潟:自律を意識した人材育成をやりたいけれど、「受け身の姿勢が抜けきれない」「なかなか積極的に手が挙がらない」と悩む人事担当者は多いと思います。何かアドバイスをいただけますか。

中村:いろいろな社員に「学びの機会を活用しようとしない理由は何か」と尋ねてみたところ、「“この日、この時間に来てください”と言われても、優先しなければならない他の予定が入ってしまう」といった話がありました。つまり、学びたいのに学べない状況もあるのです。そのため、学びの機会を逃さないための仕組みづくりは、一つのポイントになると思います。

また、受け身でなく“学びへの乾き”を持たせるためには、上司からのフィードバックが大切です。例えば「あなたのここはもっと伸ばせる」「こういった課題の克服が必要なのではないか」と話すだけでも、本人の意識は変わるのではないでしょうか。また、横の仲間と一緒に学ぶ場をつくることも効果的だと思います。周囲からの刺激から気づきを得て、“学びへの乾き”が沸き起こってくるような意識の変化が生まれるのではないでしょうか。

鳥潟:参加者からの質問を取り上げます。現場への負担を減らすために、管理職の方に向けた人材育成のツールなどは導入されていますか。

中村:ツールとなると、まだ道半ばです。ただ、社員一人ひとりのスキルや経験を棚卸しするシステムをつくりたいと考えています。

ツールではありませんが、1on1やコーチングを通じて、マネジャーが困った時に協力できる体制は整えています。また、管理職向けの人事の制度や仕組みに関して整理し、時間がなくてもこれだけは見てほしい情報を提示することも始めました。基本的なことですが、管理職にとって助けになると考えています。

一人ひとりの学びへの“乾き”の引き出し方

鳥潟:「研修を導入するまでには、どのようなことをされていますか」という質問がきています。

中村:留意しているのは、例えばエンジニアの部隊など、専門部隊に対する研修です。現場と人事の感覚がずれてしまわないように、お互いに直接話をしながら研修を作り込むようにしています。また社内の人事体制では、得意な領域と不得意な領域がありますので、外部のプロフェッショナルなサービスを扱っている企業と一緒に研修の導入を進めることも行っています。「グロービス学び放題」は個人で自由に選択できるので、安心して活用できると思います。

鳥潟:ありがとうございます。「グロービス学び放題」は、当社グループで培われた経営知やコンテンツ設計力を基に、専門チームで制作しています。さまざまな部署や職種の学びニーズに応えられるよう、ビジネスなどの基礎知識、資格や英語対策、IT、最新トレンドまで3500コース以上の動画コンテンツを開発してきました。100人いれば100通りのスキルフェーズと学びの目的がある。目的に対応したコンテンツといつでもアクセスできる状況があれば、継続的な成長を実現できます。顧客の声からも「個別最適化できる学び」であるところが導入の決め手になっていると感じています。

次の質問です。学びにつなげていくため、一人ひとりが“乾き”を認識できるようにするため、行なっていることを教えてください。

中村:私の場合、できるだけ普段から部下と会話することを心がけています。「この半期はここが伸びたね」「次の半期はどうしようか?」「次のアサインはこんな成長を期待しているよ」といった動機付けにつながる話をするようにしています。「このプロジェクトで成長できると思う?」「どうなりたいと思っている?」など、時にはストレートに話してみてもいいのではないでしょうか。

また、社内にずっといると視野が狭まってしまいますから、社外の勉強会や研修に参加する機会を設けるなど、異なる環境に身を置くことをお勧めしたいと思います。

対談が終わり、最後に鳥潟氏が講演のまとめと示唆を説明した。

鳥潟:当社で実施した、社会人の学びに対する調査によると、主体的に学んでいる方は学んでいない方よりも、「仕事の課題が明確で、将来のキャリアイメージが自分の中で作られている」という差が現れていました。その理由としてほぼ共通して見られたのが、「上長や同僚と仕事やキャリアについての会話をしている」ことでした。

デジタル化推進の学習に特化した調査によると、自律的な学習が進んでいる企業の特徴と進んでいない企業の特徴を比較したところ、四つのポイントが抽出されました。一つは、全社的なビジョンや戦略をしっかりと提示していること。二つ目は、求めるスキルや増やしたい職種を明確化していること。三つ目は、変化を受け入れるマインドセットが全社的に醸成されていること。四つ目は、変化に適応できる環境があること。これらのポイントが高い方が社員の自律的な学習が促進されているという実態が判明しました。自社の施策のヒントにしていただければと思います。

学びの継続性をサポートするために、「グロービス学び放題」ではアセスメント機能も充実させています。階層別やセグメント別に他者と比較した自分の現在地を客観視できるため、強み・弱みを把握した上で次の学びが選べます。また個々人の状態に即したコンテンツをオススメするAIによるレコメンド機能は受講の動機づけの後押しにもなるはずです。人事としても、他者と比べた自社の統計データが管理画面に表示されるため、人材開発に活用できると思います。

中村:今回の対談に向けて、学びの機会について社員の声も聴きましたが、多くの思わぬ発見があり、生の声に触れることは大事だと痛感しました。これからも社員の声を人材開発に生かしていきたいと思います。